40代未亡人の迷走日記

未亡人が自分探しの迷走日記です。

不思議な小中学校の教育方針

私は学校の先生を全く尊敬できませんでした。学校の先生で頑張っている方ごめんなさい)

それは先生が全く生徒の個性に向き合っていないように見えたからです。

 

私の通っていた小・中学校は当時、教育が特殊だったと今考えても思います。
「みんな同じである事が社会が良くなる」
「障がいを持つ人も、特別学級ではなく、普通学級で学びましょう」

先生が言う事は間違っていないとは思っているのですが、当時の私は素直に受け止められることができませんでした。


私はすごく太っていて、みんなと私は全然違うのに、みんなと同じことを要求されるのがしんどかったのです。障がいを持つ人には、助けをするのは正しいのですが、健常の私もは太っているだけで色々苦しい部分があるのに、それは「努力が足らない」という認識で助けを求めることが許されませんでした。私から見たら先生は障がいを持つ子を中心に考え、他はどうでも良い様に見え、私には不思議に感じていました。


男女仲良くしましょうといって、6年生になった男女を必ず手をつないで歩かせる事もありました。これは思春期に差し掛かった子どもには地獄です。可愛い・かっこいいと評価されている子たちと手をつなげるのは嬉しいと思われますが、逆側の立場に居た人間としては、手をつなぐ男子から「俺何でこいつやねん。最悪や」と悪びれもなく口に出されます。立場が弱いのは、障がいを持っている子だけじゃない、ずっとそう思っていました。

 

特殊な教育から逃れるために、小学校では中学受験をする人もいました。担任は中学受験をすることを言ったら「〇〇さんは他の中学に行きます。みんなと同じところに行かない理由をみんなの前で言いなさい」と強制的に言わされていました。
中学受験する子が話す表面的な理由よりも、なぜ公開処刑のような事を先生がするのか気になりました。私の目には先生が「生徒をイジメている」ようにしか見えなかったからです。

 

中学校になると、今まで素直だった子たちも従わなくなるので、先生が生徒に対して内申点をチラつかせ、従わせる印象が強くなっていきました。

中学では高校受験があります。普通は人生最初の進路選択として、色々担任と進路相談しながら自分の希望の進路を歩んでいくはずだと思いますが、私の通っていた中学校は「みんなと同じ高校に進学することが正しい」
それは「みんな同じ高校行くのが、社会が良くなるから」という理由です。

担任からは、一番近いA高校にみんな進みましょうという暗黙の了解で進路相談が行われます。

A高校の定員は540名。その一番近いA高校は近隣3つの中学が推奨高校として指定されています。私の中学だけで400名ぐらい生徒がいるのに、3校の生徒が受験したら成績下位者が確実に落ちます。

あまりにも先生の進路に対する考えが腑に落ちなかったので、私は面談で言いました。

「先生、私がA高校を受験したら、A高校に進みたいと思っている成績ギリギリの子が落ちてしまいます。私は別にA高校を希望していませんし、B高校を受験します」と

先生は激怒してここ言い放ちました。

「あなたはみんなを見捨てるんですか?」と

私には、見捨てるの意味がわかりません。私は逆にA高校を希望している人に1枠譲って救ったぐらいに思っています。そして自分の人生の選択を先生に否定されるのか理解できませんでした。

結局自分の進むB高校を受験することとなり、

その時に先生に最後の進路相談で言われたことは

「他の人をB高校に受験すると言ったり、誘ったりしない様に」

「頑張れ」という応援してくれる一言が欲しかったのに、本当に残念でした。

この年になると、先生側も上からの方針に従う事に悩み、思うところはあったというのがわかります。この不思議な教育方針に疑問をもって辞めた方もたくさんいただろうと思います。でも、もう少し心に寄り添ってくれる先生が居たら、私の人生も、他の同級生の人生も少し変わっていたかもしれないなと、ふと思い出しました。

 

 

今回伝えたいこと

過去があるから、今がある。

他人の頑張りを応援できる人でありたい。