40代未亡人の迷走日記

未亡人が自分探しの迷走日記です。

あいさつの思い出

挨拶されて嫌な人っていないと理解はしているのですが、私は根本的には人見知りだと思います。小さい頃は本当に一定の決まった人にしか話をすることがありませんでした。大人になり、それなりに初対面でも会話するようになりましたが、時に「人見知り」が発動してしまいます。

 

うちの母はやたら愛想が良い人なのですが、あまり娘に「愛想よく挨拶しなさい」とか言う人ではなかったです。どちらかといえば、娘が褒められるより、自分が褒められる方が嬉しい人だからかもしれません。

母の知り合いに「お母さんはこんなに愛想が良くて朗らかなのに、娘さんは物静かなんですね」と言われ

母が「そうなのよー。私と似てないっていうか。あははは」

そんな会話を母の側でいつも聞いてました。

 

そんな人見知り愛想なしの私に「挨拶をした方が良い」と教えてくれたのは兄です。

近所の人に会ったら声に出して挨拶しろよ。バスで降りるときは運転手さんにありがとうといってお金を払えよ。などと、結構細かく教えてくれた記憶があります。

同じ母から育っているはずなのですが、兄はいつの間にか挨拶の習慣ができていて「営業向き」の性格だったと小さい頃から感じます。その愛想のよさから、近所の堅物のおじいさんからも非常に評判が良く、おやつをもらったりしていました。

兄が「どんな人に対しても最低限挨拶だけはしておけ」というので、人見知りなりに挨拶はするようになりました。

そんな私が幼稚園に通っている頃、挨拶をすることで人に喜んでもらえたできことがありました。

私は毎日来る夕刊の新聞配達のおじさんがやってきた時に「ありがとう」といって受け取っていました。
最初はたまたま家の前で遊んでいたから新聞を受け取る時に「ありがとう」と言っただけだとは思いますが、新聞配達はある程度時間が決まっていますので、いつしかその時間になったら家の前でおじさんのバイクが来るのを待つようになっていました。雨の日もバイクの音がしてきたら傘をさして家の前に出ていました。

 

そのうちおじさんも楽しみにしてくれていたのか、私が居なかった日の翌日に会うと
「昨日はどうしたの?風邪でも引いたのか、おじさん心配してたよ」
というような会話もするようになっていました。

 

そんなおじさんとのやりとりがどれぐらい続いたのか覚えていませんが

ある日、おじさんが

「おじさんね。今日でお仕事最後やねん。いつも待っていてくれてありがとうね。」

と言って新聞と一緒に小さな紙袋を渡してくれました。紙袋の中には、小さな髪留めが入っていました。

私がおじさんに挨拶するのが楽しみになっていただけなのに、おじさんにこんなに感謝されるとは思ってもいませんでした。
次の新聞配達のおじさんになっても挨拶をしていましたが、何も反応がないおじさんだったので、私もいつの間にか新聞を受け取るのをやめてしまいました。

大人になったからわかるのですが、新聞配達のお仕事をしているということは、あまり経済的に余裕がある人ではなかったのではないかと推測されます。
それなのに、辞める日に何かプレゼントしてあげたいと思って、おじさんが髪留めを用意してくれたことが、本当に感謝しかありません。

 

兄が「どんな人に対しても最低限挨拶だけはしておけ」と言ったのは、正しい事だなと思いますが、それを兄はどこから学んだのか、妹として謎です。

今回伝えたいこと

自分の存在を感謝された思い出は、いつまでも覚えている